老舗和菓子店の家業を継ぐと共に、自身が学んだフランス菓子を徐々に充実させ、独立ブランドとしてスタート。和菓子と洋菓子が共に並ぶ店舗で、地道な挑戦を続けます。

萬菊屋14代目にして、510メゾン・ド・サンクディスを起ち上げた後藤昌利シェフ



実家の和菓子店を引き継ぎつつ、フランス菓子のブランドをスタート

こんにちは、スイーツジャーナリストの平岩理緒です。日本各地の菓子店による、スイーツで地域を盛り上げる取り組みをご紹介するこのコラム。第六弾は山形県・南陽市の「510メゾン・ド・サンクディス」です。

こちらは、赤湯温泉近隣で一番古く、江戸時代後期創業、200年以上の歴史を持つ菓子舗「菓匠 萬菊屋(かしょう まんぎくや)」の洋菓子部門です。この地は、古くから日本・三大熊野の一つ「熊野大社」の参拝客や温泉の湯治客で賑わった場所で、現在も山形新幹線の「赤湯駅」最寄りで、アクセスのよい観光地です。

現在、14代目当主を務める後藤昌利(ごとうまさとし)シェフは、大阪市内の製菓学校で洋菓子を学んだ後、東京都墨田区の「ラ・バンボッシュ」に勤め、その後、神奈川県海老名市の「パティスリー タダシヤナギ」で腕を磨きました。2008年に故郷に戻り、「萬菊屋」の経営を引き継ぐと共に、ご自身が学んだフランス菓子をお店に並べ始め、少しずつ充実させてきました。和菓子部門の製造は、以前から勤めている職人さんと弟さんを中心に行い、ご兄弟で力を合わせて、老舗ののれんを守りつつ、新たな挑戦にも取り組んでいます。

店内に入ると、正面の台に大福などの朝生菓子や季節の上生菓子などが並び、その裏側にはクッキーなどの個包装の焼き菓子類が。その奥に、後藤シェフが手掛ける、生菓子のショーケースとレジ置き場。一方、左手にはパウンドケーキやタルトなどのホールサイズの焼き菓子のショーケース。右手には、「菓匠 萬菊屋」の代表銘菓として、先々代が考案した「ごま最中」や、和菓子と洋菓子を融合させた人気商品の最中クッキー「NANJO da BE(なんじょだべ)」のコーナーがあります。まさに、和洋が融合したお店です。



店内右手には、萬菊屋の代表銘菓「ごま最中」「NANJO da BE」などが並ぶ




リニューアルを経て始めたカフェの新メニュー「かき氷」

後藤シェフは、看板商品の「NANJO da BE」のパッケージをモダンな黒にリニューアルしたことから始まり、店舗も2013年に大きくリニューアル。ご自身が作られるフランス菓子を並べるスペースも、徐々に増やしてこられました。「メゾン・ド・サンクディス」は、フランス語で「Maison de CinQ-dix」。つまり「メゾン510」という意味。510は「後藤」を数字で表したものです。

私も、後藤シェフの帰郷後、まだリニューアルする前に一度、お伺いしたことがありましたが、その時からお店の雰囲気がずいぶん変わっていて驚きました。隣接した建物は、先代の頃にはレストランとして営業していたそうですが、ちょうど私が訪ねた頃に休業され、現在は、10時半~17時の時間帯で、カフェとして営業。ケーキのイートインもできるようになりました。

「2015年には外装もリニューアルしました。施工の仕事をしている地元の同級生にお願いして、カフェの入り口の階段の所とか、自分達も一緒に手作りで板張りをしたんですよ。」と後藤シェフ。カフェの内装には、かつてレストランで使っていたという陶器のシャンデリアや椅子、テーブルなどアンティークの品々を残しつつ、お洒落な小物やモノクロで統一したお菓子の写真を飾るなど、レトロモダンで明るい雰囲気に変わっています。



お洒落にリニューアルした隣接のカフェ




「帰ってきてすぐは、色々と大変なこともあり、古いやり方を整理した部分もありました。最近ようやく、少しずつ、やりたいことを実現できてきたかなと思っています。」とのこと。

カフェで提供する「かき氷」もその一つ。後藤シェフが、地元で評判のかき氷を食べにいって研究するところから始め、「準備に一年くらいかけた」というほど、こだわりをもって始めたメニューです。山形で天然氷は入手が難しいものの、米沢市の氷屋さんによる透明度の高い純氷で作ったところ、納得のいく味のものが出来たといいます。シロップも、和三盆と黒糖を合わせ、一日寝かせることで奥行のある味わいを出し、練乳も市販品ではなく、スキムミルクから自家製で炊いているそうです。

7月1日から提供開始で、定番は、「いちごミルク」「マンゴーミルク」「宇治金時」。南陽市産のブルーベリーを贅沢に使った「ブルーベリーレアチーズ」は、毎年7月半ば頃に始まり、ブルーベリーの美味しい時期の2-3週間で終わる、貴重な限定メニューです。

氷の掻く削り器の刃の角度もかなり研究し、極薄になるよう調整し、「さらに刃を上から氷に押し付けるようにして、できる限り薄く削っています。刃はちょっと傷んでしまうんですが・・。」と苦笑いする後藤シェフ。妥協のない仕事ぶりは、ブルーベリーのシロップ作りにも表れています。中の方にはよりさらっとしたブルーベリーシロップをかけ、上の方には、氷の中にしみこんでしまわないよう、少し硬めのジャム状に炊いたソースをかけているのがポイント。おかげで、全体にちょうどよい具合にブルーベリー味が行きわたり、プチプチした粒感も味わうことができます。さらに、合わせるレアチーズソースは、クリームチーズをベースに、牛乳、生クリーム、練乳とブレンド。クリームの油脂分が多くなりすぎると、氷となじみにくくなるため、カスタードも加え、卵黄の油脂分を補ってバランスを取っているそうです。



カフェでは7月よりかき氷(1杯648円 税込み)を提供。7月後半頃に期間限定で「ブルーベリーチーズケーキ」が登場




極薄のフリルのような質感でやや大きめに削られた氷が、2種のソースを受け止めてふんわり、しっとりした食感に。これは、私がこれまで食べてきたかき氷の中で、特にパティスリー部門で屈指の完成度と言いたい出来栄え!ブルーベリーを飾りにのせたレアチーズケーキという、王道のマッチングを彷彿とさせます。まさに、パティシエならではのかき氷。ぜひ、夏に訪れて召し上がっていただきたい品です。

後藤シェフが使っているブルーベリーは、南陽市内の農家「八八農園(やはちのうえん)」で作られているもの。初夏にはさくらんぼ。秋には洋梨など、季節ごとに、こちらの農園の果物を仕入れているそうです。

化学肥料を使わず、無農薬で栽培されているブルーベリー畑の広がる丘も見学させていただきました。複数の品種を植えているため、収穫時期が少しずつ異なり、その時期に食べ頃のブルーベリーを出荷しているそう。後藤シェフも、お昼休みの短い休憩時間に、スタッフの方と一緒に収穫に行くこともあるそうです。摘みたてのブルーベリーを使えるなんて、何とも贅沢ですね!



八八農園の畑でたわわに実るブルーベリー




さらに、まだ商品化はしていませんが、2019年夏頃からのメニュー化を目指し、試作しているというかき氷も味見させていただました。なんと、山形県産パッションフルーツを使ったかき氷!もちろん温室栽培ですが、冬場は雪も多い山形県で、まさかパッションフルーツを栽培する農家さんがいらっしゃるとは驚きです。そちらでは、レモンなど柑橘の栽培にも挑戦されているといいます。

パッションフルーツの酸味がきゅんと効いていて、なんとも爽やか!この酸味をそのまま活かしたいので、他のかき氷のような盛り方ではなく、小ぶりのポーションで召し上がっていただきたい、と後藤シェフ。まるで、フレンチのコース料理に出てくる口直しのグラニテのようで、特別感がありますね!いつかデビューするのが楽しみです。



山形県産パッションフルーツを使ったかき氷の商品化も予定しているという



後藤シェフ曰く、山形県内の若手のパティシエや、農家さんや、様々な業種の方が集まる交流会に参加することがあり、そういった場で出会う方とのご縁が広がっていくといいます。「八八農園」の八代目である渡沢寿さんも、同世代の若手の農家さんで、色々と話をする中で意気投合されたのだそう。

「農家さんの仕事というのは、夏が忙しくて、冬は時間ができます。自分達とちょうど逆。だから、店のスタッフの一人として入っていただいて、夏場は果物を作ってもらって、パティスリーの繁忙期に、箱詰めなどの手伝いに来てもらうというようなことができないかなと考えているんです。」と語る後藤シェフ。農家さんと近い距離にいるからこそ思いつくのではないかという、自由で合理的な発想です。今後、そういったことが実現したら面白いなと、興味深く感じられました。



地元産の素材を採り入れつつ、これから目指すこと菓子作りと店作り

「八八農園」のブルーベリーを使った「ブルーベリーのタルト」も、夏場の人気商品です。アーモンドクリームを敷き込んで焼いたタルトの上に、カスタードと生クリームブレンドのクリーム、その上にスポンジ生地を重ね、表面を生クリームで覆い、ブルーベリーを飾り付けたものです。飾りのミント一つ取っても、近場で手に入るだけに、みずみずしく青々としていて、新鮮で爽やかな香りを添えてくれます。


「ブルーベリーのタルト」1個388円(税込み)



まさに青い宝石のように美しい姿です。新鮮な果実の味わいを主役にするには、このように奇をてらわず、ブルーベリーの味を引き立ててくれる、シンプルなタルトのスタイルが一番ですね!大きさを揃えることよりも、その時に一番おいしいものを取れたてで提供してもらえるというのは、何よりの贅沢です。



「ブルーベリーのタルト」の断面



「ブルーベリーのガレットパイ」もあり、粉糖を振りかけたパイ生地の上にカスタードとブルーベリーをのせた、こちらもごくシンプルなスタイルです。「ガレットは本来、丸いものですよね・・。丸く作っていた時もあったのですが、作業効率を考えて、今はこうしています」と後藤シェフ。素材選びや、味づくりに妥協はしないという強い思いがあるものの、スタッフの方の労働時間が長くなりすぎないよう、配慮している面も多々あるそうです。以前は週休1日だった営業も、現在は週休2日を基本にしているといいます。



「ブルーベリーのガレットパイ」1個302円(税込み)



フルーツ王国とも言われる山形県では、盛夏に向けて、メロンや桃も旬を迎えます。そういったフルーツ類は、果物をそのまま器にした「まるごとシリーズ」という人気商品としても登場。地元産の完熟メロンも、中身をくり抜いて皮を器に、中にカスタードやスポンジと果実をたっぷり盛り込んだ、豪華なフレッシュケーキとして販売します。パイナップルやグレープフルーツのジュレなどと共に並んでいる様子は、色彩もカラフルでとても華やか。午前中のうちに完売してしまうことも多いそうです。




地元産メロンの旬の時期には、人気のまるごとシリーズにも使用




もちろん、グラス入りのヴェリーヌ類にも地元産のフルーツを使用。ベリー類やメロン、桃など、夏のショーケースを彩るのに欠かせません。

また、お菓子屋さんに欠かせない苺は、季節によっても産地が変わり、山形産以外に新潟産なども使うそうですが、夏苺として、山形県産の「サマーティアラ」という品種が手に入るそうです。断面も赤色が鮮やかで、ショートケーキに使っても映えると言います。



グラス入りデザートにも地元産フルーツを活かしている




プリンにもこだわりがあるという後藤シェフ。牛乳は、山形県西置賜郡にある「飯豊ながめやま牧場」の放牧酪農牛のミルク、卵は米沢市内の「山田ガーデンファーム」から届くブランド卵「紅花たまご」を使用。「ながめやま牧場」の牛乳はとてもまろやかで乳味が濃く、「紅花たまご」は、飯豊連峰の伏流水や、山形の県花である紅花、米ぬかなどの健康的な餌を食べ、のびのびとストレスなく育てられている鶏が生むもので、地元産であるため鮮度もよく、風味濃厚だと言います。生クリーム入りのとろけるタイプではなく、プルンとした弾力のある、昔ながらのプリン。牛の白黒斑点柄の容器に入っているのが可愛らしいですね。

実は、和菓子店であったご実家には、古いタイプのオーブンしかなく、新しいオーブンを入れるにあたって、修業時代にお世話になった「パティスリー タダシヤナギ」の柳正司シェフにご相談したそうです。すると、「地方の店では、美味しいプリンを作れないと駄目だよ」と言われ、プリンを焼くのに適していると、蒸気の出るスチームコンベクションオーブンを勧めていただいたといいます。試用してみたところ、確かにプリンの焼き上がりのなめらかさが全く違い、すぐに導入を決めたのだそう。


「紅花卵とながめやま牧場のプリン」259円(税込み)



「パティスリー タダシヤナギ」時代の思い出の焼き菓子「ガトーバスク」も、中に入れるラムレーズンに、山形県産のデラウェアの干しぶどうを使ったオリジナルに。また、洋酒漬けのチェリーも加えてアレンジしています。

修業当時、ギフト向けに個包装になったものよりも、焼きっぱなしで販売されているものが好きだったという後藤シェフ。自分の店でも、焼きっぱなしで販売したいと思いつつ、地元では、焼き菓子を個包装せずに販売するというスタイルが一般的ではなく、受け入れられるようになるまでに、かなり時間をかけてきたそう。「パティスリー タダシヤナギ」では、小さな1人分サイズで販売していますが、手間もかかり、現在の製造チームではそこまで手が回りきらないので、あえてホールサイズで焼き、1日目はそのまま販売。翌日、少ししっとりして食べやすくなった状態も味わってほしいと、カットしたものを、生菓子のショーケースの上に並べて販売しています。こういった地道な積み重ねを経て、焼きっぱなしのお菓子も、だんだんとファンが増えてきたのだそうです。



ホールサイズの「ガトー・バスク」は、表面に杏ジャム入りナパージュを塗り艶を出して仕上げている




同じくホールサイズの焼きっぱなしで販売する「パン・ド・ジェンヌ」には、山形県産の米粉を使用。「ラ・パンボッシュ」時代の思い出の菓子だという「エンガディーヌ」には、クッキー生地にサンドされた胡桃入りキャラメルのフィリング部分に、隣町で採れる蜂蜜を使うなど、ヨーロッパの伝統菓子にも、地元産素材を採り入れてアレンジ。この地ではまだなじみのないお菓子も徐々に浸透していくようにと、色々と挑戦しているそうです。




カット販売の「ガトー・バスク」1個432円(税込み)、「エンガディーヌ」1個241円(税込み)




地方の菓子店では、人手不足に悩む所も増えているこの頃ですが、後藤シェフのもとには、地元の製菓学校から研修で来ていた学生さんが、そのまま就職して頑張ってくれていたりと、向上心を持ち、お菓子を学びたいというスタッフの方もいらしてくださっているそう。

そんな気持ちにも応えて、ご自分がかつて、師匠達から教えを受けたように、パティシエとしての思いや技術を伝えていきたいという後藤シェフ。

店舗周りのリニューアルも、まだまだ着手したいことがあるため、少しずつ、着実に進めていきたいそうです。この10年の間に、経営者としての貫禄をしっかりと身に着けていらしたご様子を拝見し、私も嬉しく、頼もしく思われました。

今、ご実家が和菓子店で、跡継ぎの方が洋菓子を学ばれるというケースは、各地に見られますが、どのような形でお店を継承していくのか、それぞれが考え、迷われることもあるでしょう。「菓匠 萬菊屋」さんと「510 メゾン・ド・サンクディス」さんのように、両方の要素が融合した形での営業。これからの時代に求められる、一つのスタイルになるのではないかと思います。

(取材・文:スイーツジャーナリスト 平岩理緒)



萬菊屋の外観 

 

店名 510 Maison de CinQ-dix(ゴーイチマル メゾン・ド・サンクディス)
※「菓匠 萬菊屋」内
住所 山形県南陽市若狭郷屋728-1    
電話 0238-43-2066
FAX 0238-43-6285
最寄駅 JR山形新幹線、奥羽本線 赤湯駅
目印 JR赤湯駅から車で約10分、南陽市役所前
定休日 月・火曜日
営業時間 9:30~19:00
駐車場 あり 
イートイン あり 
カード 不可
お取り寄せ 一部可能
お取り寄せ方法 電話・FAX
ホームページ http://www.mangikuya.com/

 

 

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